12歳で100万円貯めた男の子のお話~一生お金に困らない子供を育てる家庭のお金教育~ <気づき編>

お金の話

我が家で大事にしている子供のお金教育についてシェアします。今回の<気づき編>では独身時代のわたしがいかにマネーリテラシーに疎かったかについてイタイ過去を告白します。

【序章】

昭和末期。我々アラフォー世代のご幼少期、世間は高度成長で沸き返っていたその頃・・。

ダンナは日々のおやつにガリガリ君を食べていたそうな。一方のわたしはパナップや雪見だいふくを食べてた。

こんな小さなことが後に大きな差を生むことになる。

ここではわたしが結婚したことで幸いにも気づけた家庭でのお金教育の大切さと、我が家で実践している息子へのちょっと極端なお金教育の方法についてお話します。

「金持ち父さん」みたいに並外れたお金持ちにならずとも、普通の家庭で普段からお金教育を心がければ、生涯お金に困らない子供を育てることができるんです。

ここでお伝えしたいのは、お金教育のハウツーではありません。人のやり方をそのまま実践しても、うまくいくことはなかなかないですよね。ただ我が家の例をヒントに、皆さんがお金に対する意識をちょっとだけ変えてみようかな、と思うきっかけになれば嬉しいです。

極端な2つの家庭

義父母は徹底した節約家。自動販売機やコンビニでチョコチョコ買い物することは絶対ない。出かけるときは水筒のお茶とおにぎりを必ず持参。そして普段使う食材は、当然ながらスーパーで閉店間際の見切り品をゲットする。

光熱費もえげつなく削減。義母は真冬には室内でスキーウェアを着用している。天才なのか?

一方の我が実家。日々の食事は今にして思うと豪華だった。一人一尾お頭つきの魚食べてたし、当時はめずらしかったローストチキンとか、しゃぶしゃぶなんかも食卓に並んだ。近所に新しくできた「ほか弁」もしょっちゅう買いに行ってたな・・。

エンゲル係数はかなり高めだったと思う。時々エンゲル係数が高いことを自慢げに言う人がいるが、あれは「我が家は貧乏です」と公言しているようなものだ。そもそも「高いもの=良いもの」という考え方自体が貧乏。旬のものは安くて美味しくて、もちろん身体にもよい。家族の健康のため、とかなんとかいって「体によさそうな高いもの」を買ってくる主婦は自分の物欲を満たすのに家族を口実にしているだけだ。

で、うちは食事が豪華だったそのかわりに、といってはなんだけど・・ 家の中はものすごいキタナかった。とにかく物が多すぎて必要なものがみつからないので、家にあるものを更に買い足す、という典型的な貧乏っぷり。

母はいつも「お金がないない」と文句ばかり言ってた。わたしたち子供もお小遣いが全然足りず、いつも不満だった。

徹底節約と、だらだら浪費。これがウン十年続くとどうなるか・・。義父母は自分たちの住む家を若いうちに建て、さっさとローンを完済。その後長男の家も建てた。そして次男(うちのダンナ)が家を建てるときは、ポンと1000万円援助してくれた。

一方、うちの実家はずっと借家住まい。我々子どもが巣立った後、父が定年間際になって退職金をあてこんで建売住宅を購入。

どちらも地方公務員+専業主婦(時々パート)の組み合わせのいわゆる中流家庭の例です。

底辺層だった独身時代

実家の居心地が悪く、とにかくはやく家を出て自立したかったわたし。短大へ進学するため上京した。仕送りに加えてバイト代もあったので、晴れて毎日思いっきり遊べるように!カラオケしたり飲みに行ったりと、他愛のないことだけど、誰にも文句言われず自分の稼いだお金で遊べるのがとにかく嬉しかった。

あっという間の2年が過ぎ、時は就職超氷河期。名もなき私立短大卒で、コネも特技も何もないわたしは、派遣社員になった。田舎から出てきたわたし、憧れの都会のOL生活を満喫。満員電車にゆられて高層ビル内のオフィスに通勤し、お昼休みはお財布だけ持って出かけ、同僚とランチ。ドラマみたいだ。

当時お給料は手取りで20万前後だっただろうか。家賃や光熱費を払い、残りは全部飲食代、買い物やレジャーで消え、いつも次のお給料日が待ち遠しい、という状態。貯蓄なんて夢のまた夢でした。

一方のダンナはその頃・・・。子供の頃からものづくりが好きだったので、中学卒業後は地元高専へ進学。卒業後は推薦で手堅く地元の大企業に就職。不景気も何のその。

ちなみにダンナの兄、わたしにとっての義兄は、地元の大学に進学しなかったので、新聞屋に下宿し、働きながら学費と生活費を自力で賄う。そして、わたしの実妹は、わたしと同じく時間もお金も浪費するだけの学生生活をおくった。(あっちは4年制だからもっと酷い!)

2つの家庭を比べると、子供2人分の学費と生活費の仕送りだけですでに2000万円程度の差。しかもわたしは卒業後まともに就職してないので、投資したぶんがまったく回収できないというありさま。何のための進学だったんでしょう?(遊ぶためでした、汗)

関連動画

こんな身近な例をいくつかみていたので、我が家の教育資金はバッチリ準備することになりました
息子の大学進学のために我が家で準備しているお金

そしてその後、わたしの人生最大のチャンスが向こうから転がりこんできたのに、それをみすみす逃す、という不可解な事件が起きる。

わたしが派遣社員として2つめに派遣された会社にいたときのこと。当時その派遣先は急成長を遂げていた。人員もどんどん増やしていたので、先輩の派遣社員は、勤続年数が長い順に正社員に採用されていった。あるとき遂にわたしにも「社員になりませんか?」のお声が。

・・・・で、どうしたか?

わたしはあっさり断った。

理由は、「だって社員になったら研修とかめんどくさいじゃん。」

そのときのわたしはマジで知らなかったんです。派遣社員と正規社員の年収が何倍も違うことを。だって派遣と正社員のやってる仕事ってほぼ同じだったし。それにわたしは部長に特別可愛がられてて、派遣なのに会議や出張も経験させてもらってました。

もしもそのとき、「社員になったら年収は〇〇円ですよ」、と提示されていればわたしも考えたでしょうが、その前段階の意向を確認する時点でバッサリ断っちゃったんです。どうりで断ったときに「本当にいいの?」と何度も確認されたわけだ。先に社員になった派遣の先輩たちからも「なんで断った?」と不思議がられてました。周りの誰も派遣と正社員の年収や待遇の違いについて教えてくれなかった。それはわたしが当然知ってるべきことだったからでしょう。

子供の頃、父に年収をたずねたことが何度かある。でも一度もちゃんと答えてくれなかった。母が浪費家だったので、父はわたしが中学生になるくらいから給与の管理を自分をするようになり、母には生活費だけを渡してた。だからいくらもらってるか全容は明らかにしなかったみたい。

実家にいたときよりは、自分で自由になるお金があり、派遣社員でも十分満足していたわたし。恐ろしいことに、「その頃の自分=世間でいう低所得者」だとは、露ほども思ってなかった。

家族以外の人とお金について話をする機会ってほとんどない。だから後に現在のダンナと出会い、まったく違う環境で育った二人が結婚すると、お互いに驚愕したわけです。

気づき、生まれ変わったわたし

結婚時のわたしの貯蓄、0円。というか、本当はマイナスだった。健康保険料などの未払い金を、結婚前におじいちゃんから早めにもらった祝い金で清算したから、いちおうプラスマイナス0円。一方のダンナの貯蓄は既に1000万円。

これは結婚して数年してから判明したことだけど、実は当時のダンナの貯蓄はもっとあった。結婚相手(つまりわたし)の金銭感覚がどんなもんだかまだわからなかったので、家族会議の結果、一部の通帳は義兄がしばらく預かることになったんだそう。わたしの自転車操業っぷりを見て、警戒されてたんだナ。

ところで自分で言うのもナンだけど結婚してからのわたしの良妻っぷりはすごかった。元々超A型の、かたちから入るマジメなところのあるわたしは、雑誌「すてきな奥さん(後にCHANTと改称するが現在は廃刊)」を熟読し、家計簿をしっかりつけ、ダンナ様のお給料内で生活できるようやり繰りした。

新婚で張り切って始めたことだけど、長続きした理由はたぶんコレ。

まとまった貯蓄があると、使うのがもったいなくなる

噂には聞いたことがあった。貯蓄100万円を達成すると、「もっと貯めよう」という気になるって。わたしはそれまで何かを買うためや旅行へ行くため、という目的で短期的にならお金を貯めたことがある。でも、貯まると当然ながらその目的に使った。「近い将来の目的が何もない貯金」というものには結婚してから初めてお目にかかったのだ。

ダンナのお給料だけで生活し、自分のお給料は全て貯蓄。面白いようにお金が貯まる。あ、ちなみにこの頃のダンナは新卒で就職した大企業を辞め、小さいベンチャー企業勤務中でしたから、大したお給料もらってなかったデス。(その後再度別の会社へ転職、汗)

結婚前にあんなに強かった消費欲もすっかり影を潜めた。以前は「買いたくても買えない」という欲求不満から、お金が入るとすぐに使っちゃってた。でも十分お金があり、欲しいものはいつでも買えると思うと、急いで買うこともないから、よく考えてからほんとに必要なものだけ買うように。

「貧乏サイクルあるある」によると、普段お金を持ちなれていない人は、まとまったお金が入るとすぐ使っちゃう。たとえばボーナス。ボーナスの支給を待ち構えて、ボーナスが入ったと思ったらすぐに家電やら何やらを買う。そのときに買っておかないと、せっかくのボーナスが何に使ったのかもわからず、いつの間にか消えてしまう、という恐怖心からだ。で、すぐにボーナスを使い果たすので、その後買うべき大物が出てきたら、次のボーナスまで待つ。で、次のボーナスが入ったら、またすぐ使い果たす、の繰り返し。こういう人は一度ボーナス一回分を全然使わずそっくりそのまま貯金してみるとよいですよ。そしたら「ボーナス使わなくても意外と何とかなる」ってことがわかるはず。

というわけで、給料日やボーナスを心待ちにする生活から逃れられたわたし。もしも結婚した時点でダンナも貯蓄0円だったら、きっと結婚後も2人で散財していただろう。ダンナ様様のおかげでわたしは見事に更生した。いや、ダンナだけじゃなくて、その両親がちゃんとお金の管理ができる人たちだったからだ。

あれ?でもおかしいな・・。「両親がお金の管理がちゃんとできてても、その子供はできてない」という親子の例をわたしは一組知っている。

うちのおじいちゃんと父だ。

代替わりで簡単に傾く家

古典落語によく出てくる大店の放蕩息子は、たいてい遊びまわっててそのうち親に勘当されかかる。これがお金教育がうまくいっていない、お金持ちの家の典型的な例。

その家の代替わりがうまくいくかどうかは葬儀を見ればわかるらしい。大店の当主が亡くなると、取引先の衆が参列にくる。そこで見ているのは次の代がちゃんと葬儀を取り仕切れているかどうか。もし酷い葬儀なら、その後の取引はストップする可能性もある。何代も続いてきた大きな家でも、後継者が頼りないと、あっという間に傾いてしまうのは世の常である。

子供の頃、わたしはおじいちゃんが大好きで、おじいちゃん家によく一人で泊まりに行っていた。その頃のおじいちゃんは既に定年退職してたので、朝から晩まで一日中わたしに付き合って遊びたおしてくれた。だけどわたしはおじいちゃんに何かを買ってもらった、という記憶は一度もない。レジャースポットに出かけるのではなく、近所の公園や家の庭、または家の中で、2人だけでありとあらゆる遊びをした。すっごくすっごく楽しかったので、今でもその頃のことは、わたしの心の支え。

このおじいちゃんと義父母にはお金の使い方に関して共通点がある。どちらも普段は質素に暮らしていて、お祝い事のときは「現金」でかなりまとまった金額を渡してくれる。ちなみに結婚前におじいちゃんがくれたお祝い金は50万円。孫が全部で6人いるが、みんな平等にしてくれている。そして、このおじいちゃんも家を3軒建てた。最初に建てた家は長女夫婦に譲り、長男(わたしの父)一家と同居するための家を建て、その隣に次男一家の家も建てたのだ。

ちなみにわたしたち一家がこのおじいちゃんと同居することは最後までなかった。これも貧乏の原因のひとつだと思うけど、長くなるのでここでは詳しく書くまい。

このおじいちゃんにして何故この子あり?と不思議に思うくらい、うちの父はイマイチお金の管理ができないようだ。そして、父の弟、つまりおじいちゃんにとっての次男も金銭トラブルが絶えない人。おじいちゃんが長期入院するようになり、おじいちゃんから本人の葬儀代として託されたお金を、この次男が使い込み、最後はまともな葬儀が出せなかったのだ。もし商売してたら、取引先から切られていただろう。

このおじいちゃんと義父母との決定的な違いは、子供たちを自分と同じような金銭感覚に教育できたかどうか、である。


ここまでが、わたしの<気づき編>です。残念な話ばかりで、役立つことがなくて申し訳ありません。次回は<実践編>で、いよいよ息子が登場しますので、そちらの話は少し参考にしていただける部分があるかと思います。

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